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うりおの日記

青年海外協力隊27年度2次隊としてモザンビークのビランクーロという町にいます。職種はコミュニティ開発です。

モザン生活 476日目 お店を閉めた

 

すごく久しぶりなので緊張している。

 

12月の末に近所のジーニャさんとやっていたお店を閉めた。私が帰国したら運転資金が回らなくなることがはっきりしたので今の段階で閉めさせた。

 

要因はジーニャさんとの距離感を間違えてしまったことにあったと思っている。変に安心させてしまった。

 

任地には似たような雑貨屋がすでにたくさんある。多くはインド系の二世が経営していて、私たちの店よりも立地がよく一族で共同仕入れをしているため恐らく原価も安い。最初から非常に競争の激しい分野だということは分かっていた。

 

漠然としたプランではとりあえずモザン人のデフォルトで始めて、恐らくうまくいかないからそこからどんなことが出来るかを一緒に考えて改善するという流れを想定していた、というか一緒に考えて改善するというプロセスがないと活動ではないと思っているのだが、ジーニャさんにとってはお店を始めるのがゴールで、開店後は店の前で座っていてたまに仕入に行けばいいと思っていたようだ。値段設定とか取扱商品はモザンのデフォルトでいいと思っていたが勤務態度までデフォルトが採用されてしまった。さらにはデフォルトから変化させることができなかった。彼女が本音でどう思っていたのかは分からないが、想像するに「外国人のパトロンが出来て困ったら助けてくれそうだしこれで安心だわ」という感じかもしれない。

 

こういう風に考えれば商売にとってプラスなんだよというとこをちゃんと見せてあげられなかったことが残念だ。ケーキとかゼリーなどおかしの試作を一緒にやったのだがピンとこなかったらしく不採用となった。毎日店の前を掃除する活動も商品に値札をつけよう活動も目に見えて売り上げが上がるわけではなく根付かなかった。

 

とりあえず関わった責任として彼女には生活の糧を得させなければいけないのでクーラーボックスを買ってジュース売りをさせている。氷はうちの冷蔵庫で作っている。モザンは南半球で今は夏だ。当面はそれでしのげる。冬はまた別途考える。

 

私としてはお店をやっていろいろ学ぶことが多かったのでまあよかったことに出来る。しかし、彼女にとってはどうだったか。仕事探しを始めた際同僚に勧められた「お手伝いとしてお前が雇え」案を採用した方が彼女にとってはよかったのかもなと思っている。お手伝いさんなら私にいろいろつき合わされたりガミガミ言われずに済んだだろう。ただ、仮に仕事探しの段階に時間を戻したからといってお手伝いさんとして雇用するということはない。新しい価値が生み出せる気がしないからだ。多分似たようなことを始めて似たような問題で悩んでいるんだと思う。

 

今はジュース売りをする彼女に何ができるかを毎日考えている。

 

写真は年越しのお祭りでジュースを売るジーニャさん。夜中なので暗くて分かりにくい。

 

 

 

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