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うりおの日記

青年海外協力隊27年度2次隊としてモザンビークのビランクーロという町にいます。職種はコミュニティ開発です。

モザン生活 535日目 三輪タクシーのメンバーが増えた

輪タクシーのメンバーが増えた。

これまで5人で回していたのが11人になった。

 

そもそも昨年12月に開始して12月半ばには5人では回りきらず私から何度か増員を提案したのだが初期メンバーから反対されていた。

 

反対の理由はいろいろあったが余計なものを削ぎ落とすと、「サービス力を向上してグループ全体のパイを増やすよりも小さくても既得権益を確保したい」というふうに読み取れた。

 

自分では新メンバーの選定は出来ない(自分では各ドライバーの評判が分からない)し、そもそもメンバーが反対している中で強引に増員は出来ないのでとりあえず静観していた。

 

1月2月と回らない状態が続いて全員で方向性を話し合った。話し合いの場では基本的に黙っていることにした。

 

彼らに結論を任せた結果、やはり増員しようということになった。各メンバーが信頼できるメンバーをもう一人呼んで責任をもってルールを教える。プラス一人で3月より11人体制になった。

 

彼らの気持ちが少し変わったかなと思う。多分これがこちらに来て始めての成果だ(ようやく)。

モザン生活 512日目 現地語を勉強している

昨年8月から写真の人に現地語を習っている。

教師のジョアオさんは今年82歳だが非常にお元気だ。

ポルトガル語と英語で現地語のシーツァ語を習っている。

 

現役時代は長年ILOで働いていたとのこと。南アやタンザニアで10年以上勤務した経験があり、英語、ポルトガル語、ドイツ語などのヨーロッパ言語の他、スワヒリ語などアフリカ諸語を十いくつ使えるという国際的なインテリだ。引退後は故郷のこの町で、消滅しかけている言語や民族のルーツなどの研究をしている。

 

ある日、カフェで現地語の小冊子をぼんやりながめてどうやって勉強しようか考えていたら声をかけてきてそのまま教えてもらうことになった。

 

週に2回、1回1.5時間の個人教授だ。正直、教授量が多すぎて全然消化できない。あと細かい文法的なこだわりが非常に強いのでうんざりする。自慢話も多くてかなり消耗する。

 

自慢話のパターンは主に二つある。

ひとつは健康自慢だ。片足で立ってバランスをとる様を見せつけながら「見ろ!82歳で片足立ちが出来るんだぞ!普通はできないぞ!」

もうひとつはワイフ自慢だ。「今お前が使っているクッションを誰が縫ったか知っているか?ワイフだ!彼女は料理も得意で家事で出来ないことはない。商売事にも才能があって云々」

どちらかが最低週に一度は繰り出される。

 

多少話しがくどかろうが、現地語を文法的に説明可能な人は稀だし(他に知らない)、ご長寿クイズに出ていてもおかしくない年齢なのだと思えば腹も立たない。

 

注:仲はいい。先進国と現地の両方の感覚を理解できるので活動について相談することも多い。

 

モザン生活 500日目    帳簿付け普及活動

モザン生活 500日目    帳簿付け普及活動

 

昨年9月ごろより市場の小規模事業主、おばちゃんたちに帳簿の付け方を教えている。

JICAのお金でノートを100冊購入し今までで70冊ほど配った。

 

毎日市場に行って一緒に帳簿を付けるのだがこれが全然うまくいかない。継続して帳簿をつけているのは5人ぐらいだ。すぐに何らかの効果が出るわけではないので面倒くさくなってしまうのだと思う。

 

とりあえず経緯としては、

9月 活動をはじめる。おばちゃんたちに「ノートをくれる人」だと認識される。ノートを配っても家に持って帰ってもう持ってこない。子どもの勉強用に流用される場合が多かった。

10月 ペンを自分で用意したらノートを配るというルールにした。でもあまり効果はなかった。帳簿をつけるのが罰ゲームみたいな感じになってきてあまりしつこく言うのを止めた。それ以降は雑談を中心にした。

11月 ふとしたきっかけで一人が継続してつけるようになった。その後少し人数が増えた。5人ぐらい。今に至る。

 

当初は帳簿を入口にしてどうやって原価を下げるのかとか利益を上げるにはどうすればいいのかとかを一緒に考えたいと思っていたのだが今は帳簿とか関係なく仕事も関係なくいろいろ話しをしている。日にもよるがだいたい一日二時間ぐらい市場で過ごす。全然うまくいっていないがこの活動で勉強させてもらっていることがたくさんある。あとこの活動が一番気に入っている。

 

P.S. 先週、JICAより任期延長を希望するかどうかの確認メールが来て延長を希望しない旨の返信をした。最長でここに住めるのは今年の10月頭に決まった。二年間の前提でやってきたので任期延長はしないが正直なところ全然帰りたくない。ずっとここにいたい。でも「ずっとここにいたい」とか思う時点で早く場所を変えた方がいいよなと思う。

 

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モザン生活486日目 三輪タクシー屋

昨年12月より5人のドライバーと三輪タクシー屋をやっている。簡単に言うと日本では無線でやっていることを携帯のメールで代用している。電話をくれたお客さんに一番近いドライバーを探して迎えに行かせるという流れだ。これまで任地には類似のサービスはなかった。

 

だいぶ前に三輪タクシーを一台購入したので、この分野で何かしたいなとずっと思っていた。アイデアは当初よりあったのだがまとめ役(電話番)が見つからなくてそのままになっていた。とりあえず自分が電話番になって始めた。

 

まずは観光客を対象とし、地図上にホテルやレストランをマッピング、町をいくつかの地区に分割して地区Aから地区Bだといくらというルールにした。

 

特徴は2点ある。

・いつも早い

だいたいは10分以内にお客のところへ行ける。たまに全員サービス中でキャンセルしなければならないこともあるので要改善だ。

・定額

相手が相場を知らないとみるとドライバーは過剰請求をする。観光客は確実にカモになる。ひどいと相場の10倍以上を請求される。

 

2か月で累計90件の依頼を受け、売上が 25,000 メティカイスほどだ。

電話番が売上の10%を徴収する仕組みになっている。初期投資(携帯代、チラシコピー代など)の5,000メティカイスはこれまでに半分回収できた。メティカイスを1.6倍すると日本円になる。

 

私が不在でも問題なく仕組みが続く状態まで持っていきたい。いくつか大きな課題があるがそこを目標にしなければ先に進めない気がする。

 

ちなみにグループ名は『Takuro’s Team』だ。私以外全員の賛成で決まった。

 

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モザン生活482日目 鶏が全滅した

先々週、年一回の隊員総会というのがあった。首都のマプトにモザン中の隊員が集まって日頃の活動報告などをした。一週間ほど首都にいて任地に戻ったら鶏が全滅していた。正確に記述すると40匹が3匹に減った。原因は病気だ。強力な伝染病で口と鼻から水を吐いてふらふらになって死ぬ。近隣で飼育されている鶏は全て死んだ。例年8月に流行る病気らしいのだが今年はなぜか1月に蔓延し、村中で鶏が死にまくった。

 

電話連絡があった後、すぐに村に行き一緒に養鶏をやっているパラフィナさんにまずは不可抗力だったのかどうかを確認した。聞いた限りでは今の自分たちの人脈や知識、経験では防ぎようがなかったので安心した。彼との信頼関係に傷が付かなかったという意味で。あと今の時点で彼の生活が鶏に依存していないというのも救いだ。

 

「これからどうしようか?俺にはアイディアがないよ」

「まあちょっとずつ頑張るしかないね」

「確かに」

 

ということでちょっとずつ頑張ることになった。

 

そんなに落ち込んではいない。一日かけて『花より男子2』を見たら回復するレベルだ。

 

写真は生前の鶏たち。かっこいい。

モザン生活 476日目 お店を閉めた

 

すごく久しぶりなので緊張している。

 

12月の末に近所のジーニャさんとやっていたお店を閉めた。私が帰国したら運転資金が回らなくなることがはっきりしたので今の段階で閉めさせた。

 

要因はジーニャさんとの距離感を間違えてしまったことにあったと思っている。変に安心させてしまった。

 

任地には似たような雑貨屋がすでにたくさんある。多くはインド系の二世が経営していて、私たちの店よりも立地がよく一族で共同仕入れをしているため恐らく原価も安い。最初から非常に競争の激しい分野だということは分かっていた。

 

漠然としたプランではとりあえずモザン人のデフォルトで始めて、恐らくうまくいかないからそこからどんなことが出来るかを一緒に考えて改善するという流れを想定していた、というか一緒に考えて改善するというプロセスがないと活動ではないと思っているのだが、ジーニャさんにとってはお店を始めるのがゴールで、開店後は店の前で座っていてたまに仕入に行けばいいと思っていたようだ。値段設定とか取扱商品はモザンのデフォルトでいいと思っていたが勤務態度までデフォルトが採用されてしまった。さらにはデフォルトから変化させることができなかった。彼女が本音でどう思っていたのかは分からないが、想像するに「外国人のパトロンが出来て困ったら助けてくれそうだしこれで安心だわ」という感じかもしれない。

 

こういう風に考えれば商売にとってプラスなんだよというとこをちゃんと見せてあげられなかったことが残念だ。ケーキとかゼリーなどおかしの試作を一緒にやったのだがピンとこなかったらしく不採用となった。毎日店の前を掃除する活動も商品に値札をつけよう活動も目に見えて売り上げが上がるわけではなく根付かなかった。

 

とりあえず関わった責任として彼女には生活の糧を得させなければいけないのでクーラーボックスを買ってジュース売りをさせている。氷はうちの冷蔵庫で作っている。モザンは南半球で今は夏だ。当面はそれでしのげる。冬はまた別途考える。

 

私としてはお店をやっていろいろ学ぶことが多かったのでまあよかったことに出来る。しかし、彼女にとってはどうだったか。仕事探しを始めた際同僚に勧められた「お手伝いとしてお前が雇え」案を採用した方が彼女にとってはよかったのかもなと思っている。お手伝いさんなら私にいろいろつき合わされたりガミガミ言われずに済んだだろう。ただ、仮に仕事探しの段階に時間を戻したからといってお手伝いさんとして雇用するということはない。新しい価値が生み出せる気がしないからだ。多分似たようなことを始めて似たような問題で悩んでいるんだと思う。

 

今はジュース売りをする彼女に何ができるかを毎日考えている。

 

写真は年越しのお祭りでジュースを売るジーニャさん。夜中なので暗くて分かりにくい。

 

 

 

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モザン生活378日目 こっちに来て一年がたった

すごい久しぶりかつ今更なのだがこちらに来て一年がたった。任期が半分過ぎた。

 

記念すべき一年目の日は何をしていたかというと病気で寝ていた。

先々週の火曜日から一昨日の土曜日までずっと寝込んでいた。

熱は40度台を連発し、期間、体温とも過去最高を記録した。自己ベストだ。

 

飛ぶために深めにかがんだということで新たな気持ちで頑張ろうと思っている。気持ちは。

 

身体は若干ふらつくのでゆっくり頑張ろうと思う。